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「南カリフォルニア大学のアミール博士らが、『大脳皮質』誌に発表した論文です。まず、上の図1を見てください。太いT字形のパイプが描かれています。これを『トランペットのピストンです』と説明されたらいかがでしょう。『ああ、なるほど』と思いませんか。この感覚を英語で『Aha! Experience(アハ体験)』と言います。茂木健一郎さんが日本に広めたのでご存知の方も多いでしょう。アハ体験は『ひらめき』の原動力となる『視点変換』の能力です。

一方、ユーモアは少し異なるプロセスです。図2を見てください。これを『王貞治さんの似顔絵』だと説明されると、なんとなく愉快さを感じます。こちらは『アハハ体験』です。

アハとアハハの瞬間の脳の活動を調べたのが、今回紹介するアミール博士らの研究です。どちらの場合も多くの脳部位が活動しましたが、中でも私の興味を引いたのは TPJ(側頭頭頂接合部)です。TPJ はアハハのときにより強く活動しました。

TPJ は自分を客観的に眺めるための脳領域です。実際、TPJ を人工的に電気刺激すると、幽体離脱が生じ、自分を体外から眺めることができます。つまり、ユーモアは、視点が転移するという意味で、幽体離脱と進化的ルーツを共有しています。

野生動物の場合、TPJ は自分のいる場所を感知するのに役立っています。同じ場所で右を向いたときと、左を向いたときでは、視界に見える風景は変わりますが、自分の位置は変わりません。視覚情報にとらわれず、『一定の場所にいる』という不変性を認知するためには、自分を客観的な視点から把握して、脳内情報を補正することが必須です。これを実行するのが TPJ です。

ユーモアを理解する能力が、進化的には、『場所』を感知する能力から派生している。この意外な事実を知るだけでワクワクします。しかし、そもそも、こうした事実を認知してワクワクすること自体が『視点の転換』によるアハ体験そのものであるという、なんとも不思議な入れ子状態が、さらなる快感を刺激します。

まさにこれです! アミール博士らは、解釈の視点変化が生じる瞬間には、TPJ だけでなく、脳の報酬系(快感を惹起する神経系)も活性化することを示しました。新しい視点でものごとを眺め直すことは、脳にとって本質的な快感なのです。」
池谷裕二「できない脳ほど自信過剰」2017朝日新聞出版P.145-148

》実際、TPJ を人工的に電気刺激すると、幽体離脱が生じ、自分を体外から眺めることができます《  何の違和感もなく挿入されているこの文章だが、非常に気になる、気にかかる。幽体離脱、本人の魂が身体から抜け出し、空中から魂の抜けた自分自身の身体を見ている状態。このような突拍子もない体験を一体、いつどこでだれが体験したというのだ! 論文なら、たぶんエビデンスに基づいたことだろうから、確かめてみたいし、当然再現性もあるのだろう・・・。できることなら体験したい!