森口朗「授業の復権」2004新潮社P.43-62より

遠山氏は、『歩きはじめの算数』(国土社)のまえがきで「原数学」の未来について次のように述べる。

「この本で取り上げられている内容は、未測量にせよ、分析・総合にせよ、位置の表象にせよ、すべて従来の学校でやっていなかったものばかりである。しかし、私たちは、このようなものこそ小学校の算数教育のはじまるまえに十分身につけておいてほしいものだ、と考えている。それは従来の教科教育、とくに算数教育が始まる前に、その準備として、このような学習が必要である、と考えたのである。そういう性質をもったものを私たちは『原数学』とよんでいる。したがって、ここで実践されているさまざまな内容や方法は、一般の幼児教育にも役立つのではないかと、ひそかに期待しているのである」

著者のまえがきに1972年元旦付で表明した遠山氏の期待は、同年の4月に胎動をはじめ現在みごとに結実した。

一般に算数・数学は数量を扱う分野(代数)と図形を扱う分野(幾何)に分類される。これに対し、原数学は「未測量」「分析・総合の思考」「位置の表象」の三分野に分けられる。そして「未測量」が発展して「代数」となり、「位置の表象」が発展して「幾何」となる。「分析・総合の思考」は双方に必要な思考という位置づけだ。

いきなり「未測量」「分析・総合の思考」「位置の表象」といっても聞きなれない言葉なので説明が必要であろう。

まず「分析・総合の思考」は、ものごとを考えるときに最も基礎となる思考である。今ここに、「赤い丸」「青い丸」「赤い四角」「青い四角」の4つのタイルがあるとしよう。小学1年生に「丸いタイルを全部ください」と指示すれば、その子は「赤い丸」「青い丸」を手渡してくれるだろう。つぎに「青いタイルを全部ください」と指示すれば、「青い丸」「青い四角」をくれる。このような行動をとる時、その子はまずタイルの属性を色や形で「分析」し個々の属性を「総合」したのち、「これは赤くて丸いタイルだ」と認識しているはずだ。このような思考を遠山氏は「分析・総合の思考」と呼んだ。

次に、「未測量」だがこれは読んで字の通り、未だ測られていない量だ。たとえば、肉の塊を見たときに「これは何グラムくらいあるのか」とは通常考えない。「ずいぶん多いな、食べきれるかな」とか「これっぽっちしかないのか、こんなのじゃお腹いっぱいにならないよ」と思う。つまり、数値化されていない量をまずイメージする。これが「未測量」である。

最後の「位置の表象」というのは、空間認識力を指している。人間が宙に浮いたような絵を描く幼稚園児は少なくない。もしかすると、このような子はどもはまだ空間認識能力が未発達なのかもしれない。

遠山氏は、小学校の教科書レベルの教科内容は、この三つの能力が発達して初めて可能なのであり、たとえば「未測量」が健全に発達していない子どもに、いきなり数字を使った足し算や引き算を教えても意味のないことだ、だから「未測量」が発達していない子どもには量のイメージをつかませる授業こそ必要なのであり、それが彼らへの「教科学習」だと主張する。